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アザポジ

エディトリアルデザインしたりオタクしたりしてる人の独り言。アザポジ→編集の際撮影された写真で使用しない画像のこと。

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考え方の問題なのか

ちょっと表の日記でも出したんだけど
欲で制作しちゃうと途端に嫌気が差すということについてどういうことなのか考えてみている。

要するに需要があるからとそのカテゴリに手を出すことが私にとってものすごい自己嫌悪になる件。

基本的に私はとても冷静な人間なんだろうなと思う。
見た目にも態度にも全く表れない分たちが悪いんだけど、結構皆と騒いでいてもその騒いでいる状況を斜め上から眺めて分析してることが多い。

だから何かの熱が加熱している所にいればいるほどその場所から離れてしまう。
その場所の温度に騙されれば楽なのにその温度自体を疑ってしまう。
「それって本当にそこまで熱いものなの?」みたいな。
人がある一面からそれをちやほやしていると、どうしてもその裏側が見えてしまうのだ。
逆を言えば誰かが批判していれば、それに対する擁護見解も浮かぶ。

なんていうか、バランスの問題なのか。
どうもいつでも均衡状態に戻そうとする逆流分子が私の中で強く働いてしまう。
(つまらん思考・つまらん人生やね)

見方を拡散させたいのかなあ。一側面的な見方に対してのアンチテーゼ?
どれもいいじゃん、こだわるなよ、もっと広く見てみればいいもんいっぱいあるじゃんみたいな?

それがひとつかな。

もうひとつは個人的な問題。
私は特定の相手に対してのアプローチ方法、コミュニケーション方法として自分の作品を使いたくない。誰かに対して気に入られたいから、とか好きになってほしいからという理由でものを作る事が自分の中で倫理に反するんだよなあ。
もしそのカテゴリのことが好きな人だったらそれで好きになってもらえるかもしれないけど、それってあくまで「そのカテゴリ」に限定されるわけじゃんスか。それって自分の魅力とか実力とは違うよね。なんかそういう力に頼ってステータスとか知名度が上がっても全然嬉しくない。むしろ疑わしい。自分の本当の実力が測れない。どうもお飾りめいてる。

以上。それにしてもなんてワガママなんだ。そしてなんて意固地なのか。
職人気質なのか。
どうなんだ、それでいいのか。
逆に言えばカテゴリに需要が無いことを自分の実力がないことの言い訳にしてないかね?
(しまったまたアンチテーゼ分子が…)


しかし結局のところ自分の中で溜まってる何かを上手く出せればメジャーだろうがマイナーだろうが関係ないんだろうね。
つまりは制作が頭で考えるより先に出来てればどっちでもいいってことだ。


なんだまとまらないな。
あとで読み返して書き直そう。
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コマツ・フツラ
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女性
職業:
エディトリアルデザインする人
趣味:
漫画と旅と映画
自己紹介:
某美大卒。分裂気質。仕事がないと生きて行けないサラリーマン気質。