2007.12.04(Tue) 【読んだ漫画】
幸村誠と浅野いにお
さてもうひとつ。
これも常に思っていたこと。
私の中で正直謎だったのが浅野さんの作品に対するすんなり受け取れない感がどっからくるのかということだったりした。
で、幸村誠さんの漫画読んでなんとなく降ってきたお告げがあったのだ(?)
愛だな、たぶん愛に対する姿勢の違いだ
幸村さんの作品には何種か共通点(ヴィンランド・サガとプラネテスだけだけど)があってひとつは「極みを目指すこと」だったり「栄光衰退」だったり「父親という存在の落とす影」だったり…いわば
「男性的」な面っていうのがすごく精密に描写されてるってこと。
で、もうひとつに上げられるのがプラネテスの愛ちゃんだったりヴィンランドの修道士さんに見て取れる「愛とは何」というような根源的な問題に対する葛藤だったりする。んじゃないかしらん。
私が幸村さんをものすごくストレートに好きだって言える理由がその「愛」だ。
彼は漫画で真剣に考えてる。そして全然(これすごく大事だと思うんだけど)その姿勢に格好つけない。乱暴になったり泥まみれになったり無気力になったりしながらも絶対にそれを無下に放り出さない。恥ずかしい事をこともなげに真剣に語る。(プラネテスのラストハチマキが木星を前に語る言葉然り)
すごいよ幸村さん。私はそんなこと恥ずかしくて真顔で絶対言えないってことを真顔で言ってくるんだぜ?全然気取らないんだぜ?天然なんですか幸村さん。怖いよ幸村さん。でも好きです幸村さん。
(当時本気でほれそうになった)
さてでは浅野さんに焦点を当ててみましょう。
まあ最大の難色だったのがモノローグのあまりの岡崎京子だったんですけどこれはおかきょん知らなければそれなりに新鮮な構成だったかなあと思います。映像的でありとてもテンポがいい。
絵はきれいですし(背景は写真らしいですが…ううむ)、「森のクマさん」や「光の街」のあのデコに痣あるお兄ちゃんのように悪いくせに良い奴とかはなんか憎めなくて好きだったりもするしな。
ただね、浅野さんにはなんとなく愛を格好つけて放り出してる感が否めないんだよなあ。
こう、知ってるし求めてるくせにあえてそこに言及しないの。もっとかっこいい言葉とかかっこいいエピソードでうまくまとめようとしちゃってて、ちゃんと目を凝らせばあるものに対して「なに真面目になっちゃってんのかっこわりー」って言ってるように見えちゃうんだよなあ。そうそうそういうもんだけどね。高校生くらいの年頃だとそうだったね。誰も真剣に愛なんて叫んでない。(携帯小説だのセカチューだのの病気で死ぬことに意義を見せる安い悲恋には涙するくせに)
でもそこで格好つけるのはどうなのよ浅野さん。
私は正直なとこそこが鼻について駄目なんですよね浅野さん。
簡単に言ってしまえばさ「格好いいもんってのは格好つけてないから格好いい」わけでね。
「恥ずかしいことを隠すために格好つけてる」ってのはやっぱり失笑ものだったりするんだよなあ。
…とまあ散々なものいいですが…それでも漫画持ってるってことは割と好きだったりするんでしょうね。
でも自殺見届け屋の小学生あたりは本当にその「愛をないものとしてかっこつけてる」感が強すぎて正直読むのも辛かったんですよ。
折角青春ちっくな世界持ってきてるんだからそこで真剣になってもいんじゃないの?と
ちょっとだけ茶々を入れてみるのでした。
これも常に思っていたこと。
私の中で正直謎だったのが浅野さんの作品に対するすんなり受け取れない感がどっからくるのかということだったりした。
で、幸村誠さんの漫画読んでなんとなく降ってきたお告げがあったのだ(?)
愛だな、たぶん愛に対する姿勢の違いだ
幸村さんの作品には何種か共通点(ヴィンランド・サガとプラネテスだけだけど)があってひとつは「極みを目指すこと」だったり「栄光衰退」だったり「父親という存在の落とす影」だったり…いわば
「男性的」な面っていうのがすごく精密に描写されてるってこと。
で、もうひとつに上げられるのがプラネテスの愛ちゃんだったりヴィンランドの修道士さんに見て取れる「愛とは何」というような根源的な問題に対する葛藤だったりする。んじゃないかしらん。
私が幸村さんをものすごくストレートに好きだって言える理由がその「愛」だ。
彼は漫画で真剣に考えてる。そして全然(これすごく大事だと思うんだけど)その姿勢に格好つけない。乱暴になったり泥まみれになったり無気力になったりしながらも絶対にそれを無下に放り出さない。恥ずかしい事をこともなげに真剣に語る。(プラネテスのラストハチマキが木星を前に語る言葉然り)
すごいよ幸村さん。私はそんなこと恥ずかしくて真顔で絶対言えないってことを真顔で言ってくるんだぜ?全然気取らないんだぜ?天然なんですか幸村さん。怖いよ幸村さん。でも好きです幸村さん。
(当時本気でほれそうになった)
さてでは浅野さんに焦点を当ててみましょう。
まあ最大の難色だったのがモノローグのあまりの岡崎京子だったんですけどこれはおかきょん知らなければそれなりに新鮮な構成だったかなあと思います。映像的でありとてもテンポがいい。
絵はきれいですし(背景は写真らしいですが…ううむ)、「森のクマさん」や「光の街」のあのデコに痣あるお兄ちゃんのように悪いくせに良い奴とかはなんか憎めなくて好きだったりもするしな。
ただね、浅野さんにはなんとなく愛を格好つけて放り出してる感が否めないんだよなあ。
こう、知ってるし求めてるくせにあえてそこに言及しないの。もっとかっこいい言葉とかかっこいいエピソードでうまくまとめようとしちゃってて、ちゃんと目を凝らせばあるものに対して「なに真面目になっちゃってんのかっこわりー」って言ってるように見えちゃうんだよなあ。そうそうそういうもんだけどね。高校生くらいの年頃だとそうだったね。誰も真剣に愛なんて叫んでない。(携帯小説だのセカチューだのの病気で死ぬことに意義を見せる安い悲恋には涙するくせに)
でもそこで格好つけるのはどうなのよ浅野さん。
私は正直なとこそこが鼻について駄目なんですよね浅野さん。
簡単に言ってしまえばさ「格好いいもんってのは格好つけてないから格好いい」わけでね。
「恥ずかしいことを隠すために格好つけてる」ってのはやっぱり失笑ものだったりするんだよなあ。
…とまあ散々なものいいですが…それでも漫画持ってるってことは割と好きだったりするんでしょうね。
でも自殺見届け屋の小学生あたりは本当にその「愛をないものとしてかっこつけてる」感が強すぎて正直読むのも辛かったんですよ。
折角青春ちっくな世界持ってきてるんだからそこで真剣になってもいんじゃないの?と
ちょっとだけ茶々を入れてみるのでした。
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